診療所移転の定款変更の事業計画と変更予算・予算書の作成方法

医療法人が診療所を移転する際には、定款変更認可申請の添付書類として「事業計画」と「変更予算・予算書」の提出が必要です。
これらの書類は、移転計画の概要や財政的な裏付けを示すもので、都道府県等による審査の重要な判断材料となります。
本記事では、診療所移転に伴う事業計画と変更予算・予算書の作成方法について詳しく解説します。
事業計画の作成方法
事業計画は、移転の概要、目的、具体的な計画内容を簡潔にまとめた文書です。
通常、A4で1~3枚程度にまとめます。
事業計画の基本構成
事業計画は一般的に以下の構成で作成します。
- タイトル:「事業計画」と記載します。
- 計画期間:通常、移転年度とその翌年度の2年分を記載します。
- 移転の概要:移転元・移転先、移転時期を具体的に記載します。
- 移転の目的・理由:移転を行う目的や理由を説明します。
- 移転資金計画:資金調達方法と使途を具体的な金額とともに記載します。
- 移転後の診療体制:移転後の診療科目、スタッフ配置、診療日時などを記載します。
- 収支見通し:移転後の収支見通しを記載します。
事業計画の記載例
以下は、事業計画の記載例です。
事 業 計 画
令和5年度(令和5年4月1日~令和6年3月31日)
令和5年9月をもって、医療法人社団東南会 西北クリニック(東京都千代田区丸の内四丁目7番7号丸の内ビル101号)は廃止し、令和5年10月より新規診療所(東京都千代田区丸の内三丁目5番1号東西ビル202号)へ移転する。
移転の目的は、現在の診療所が手狭になったこと、また感染防止対策も踏まえ、新しい環境を整えて現在にもましてより良い診療を目指すためである。移転予定地は、移転前と同じく丸の内駅より徒歩5分と至便であり、患者様にとっても通いやすく、当社団にとっても経営上相当有利なものと見込まれる。
移転にあたり必要な資金、計3,000万円(内装工事費1,500万円、医療機器購入費800万円、保証金500万円、運転資金等200万円)については、内部留保金2,000万円と借入金1,000万円をもって充てる。
新規診療所の初年度の医業収入の見込みは、8,000万円であり、500万円ほどの利益が見込まれる。診療体制については、現在の体制を維持し、常勤医師1名、非常勤医師2名、看護師2名、事務員2名の体制で診療を行う。診療日時も現在と同様に、月曜日から金曜日の9時から18時、土曜日の9時から13時とする。
医療機器・備品等については、移転前のものを引き続き使用するが、レントゲン装置については新たに購入する予定である。
令和6年度(令和6年4月1日~令和7年3月31日)
初年度と同様の方針で、安定した経営を継続したく考える。新規診療所の次年度の医業収入の見込みは、8,500万円であり、600万円ほどの利益が見込まれる。
なお、職員の新たな採用の予定はない。
事業計画作成の注意点
移転元・移転先の記載
移転元と移転先の所在地は、定款の記載と完全に一致させる必要があります。
住居表示のルールに従った正確な表記を行いましょう。
移転の目的・理由
移転の目的・理由は具体的に記載します。
例えば、
- 診療所が手狭になった
- 築年数が経ち、老朽化した
- 感染防止対策の強化が必要
- 立ち退きを求められた
- より良い立地条件への移転
移転資金計画
移転資金計画は、社員総会議事録に記載した内容と整合性を取る必要があります。
資金調達方法
- 内部留保金:医療法人の財産目録や勘定科目内訳書と一致した金額を記載
- 借入金:借入予定の金融機関と金額を記載
資金使途
- 内装工事費:見積書がある場合はそれに基づく金額を記載
- 医療機器購入費:新規購入する機器の金額を記載
- 保証金・敷金:賃貸借契約書に基づく金額を記載
- 運転資金:通常、2ヶ月分程度の運転資金を計上
資金調達方法と使途の合計額は一致させる必要があります。
移転後の診療体制
移転後の診療体制は、原則として移転前と同様の体制を記載します。
大幅な変更を行う場合は、その理由や根拠を説明する必要があります。
収支見通し
収支見通しは現実的な数字を記載します。
大幅な収入増を見込む場合は、その根拠(例:診察室の増設、医師の増員など)を説明する必要があります。
通常は、移転前とほぼ同等か、若干の増加を見込む程度にとどめます。
変更予算・予算書の作成方法
変更予算・予算書は、移転に伴う収支計画を数値化した書類です。
各都道府県等のホームページに様式が掲載されていますので、それに従って作成します。
予算書の基本的な特徴
予算書はキャッシュフロー計算書に近いものですので、以下の特徴があります。
- 現預金が動く取引を中心に記載します。
- 減価償却費や引当金などの非資金取引は基本的に不要です。
- 借入金や借入金の元本返済、保証金や内装工事代、医療機器等購入代金などの資金移動は記載が必要です。
予算書の構成
予算書は通常、以下の構成で作成します。
- 収入予算書:医業収入、借入金、内部資金移動などの収入項目を記載
- 支出予算書:人件費、材料費、経費、施設整備費、医療機器購入費、借入金返済などの支出項目を記載
初年度(移転年度)と次年度の2年分の予算を作成するのが一般的です。
予算書の作成手順
収入予算書の作成
- 前年度繰越金:前期末(期首)の現金預金の残高を記入します。
- 医業収入:移転前後の診療収入を月別に記入します。
- 借入金:移転資金として借入を行う場合、その金額を記入します。
- 内部資金移動:内部留保を移転資金に充てる場合、その金額を記入します。
支出予算書の作成
- 人件費:給与、賞与、法定福利費などを記入します。
- 材料費:薬品費、診療材料費などを記入します。
- 経費:家賃、水道光熱費、通信費、保険料などを記入します。
- 施設整備費:内装工事費を記入します。
- 医療機器購入費:新規購入する医療機器の金額を記入します。
- 保証金(敷金)支出:新規診療所の保証金・敷金を記入します。
- 借入金返済:借入金の返済額を記入します。
- 次年度繰越金:期末の現金預金残高を記入します。
変更予算・予算書の作成例
以下は、東京都の様式を例にした変更予算・予算書の作成例です(一簡略化しています)
収入予算書(移転年度)
科目 | 前年度予算額 | 変更予算額 | 増減 | 備考 |
---|---|---|---|---|
前年度繰越金 | 30,000,000円 | 30,000,000円 | 0円 | |
医業収入 | 78,000,000円 | 80,000,000円 | 2,000,000円 | 移転後の増収見込み |
借入金 | 0円 | 10,000,000円 | 10,000,000円 | 移転資金借入 |
計 | 108,000,000円 | 120,000,000円 | 12,000,000円 |
支出予算書(移転年度)
科目 | 前年度予算額 | 変更予算額 | 増減 | 備考 |
---|---|---|---|---|
給与費 | 45,000,000円 | 45,000,000円 | 0円 | |
材料費 | 10,000,000円 | 10,000,000円 | 0円 | |
経費 | 15,000,000円 | 16,000,000円 | 1,000,000円 | 移転後の家賃増 |
施設整備費 | 0円 | 15,000,000円 | 15,000,000円 | 内装工事費 |
医療機器購入費 | 0円 | 8,000,000円 | 8,000,000円 | レントゲン装置等 |
保証金支出 | 0円 | 5,000,000円 | 5,000,000円 | 新診療所保証金 |
借入金返済 | 0円 | 1,000,000円 | 1,000,000円 | 借入金返済 |
次年度繰越金 | 38,000,000円 | 20,000,000円 | -18,000,000円 | |
計 | 108,000,000円 | 120,000,000円 | 12,000,000円 |
収入予算書(次年度)
科目 | 予算額 | 備考 |
---|---|---|
前年度繰越金 | 20,000,000円 | |
医業収入 | 85,000,000円 | |
計 | 105,000,000円 |
支出予算書(次年度)
科目 | 予算額 | 備考 |
---|---|---|
給与費 | 46,000,000円 | |
材料費 | 10,500,000円 | |
経費 | 16,500,000円 | |
借入金返済 | 2,000,000円 | |
次年度繰越金 | 30,000,000円 | |
計 | 105,000,000円 |
予算書作成の注意点
施設整備費・医療機器購入費・保証金
移転に伴う特別な支出(施設整備費、医療機器購入費、保証金など)は、移転年度の支出予算書に確実に記載します。
これらの金額は、事業計画や社員総会議事録に記載した移転資金計画と整合性を取ることが重要です。
借入金と返済計画
借入を行う場合は、収入予算書に借入金を、支出予算書に借入金返済を記載します。
返済計画は現実的な内容とし、借入条件(期間、金利など)に基づいて計算します。
医業収入の見込み
移転後の医業収入は、基本的には移転前とほぼ同様か、若干の増加を見込む程度にとどめます。
大幅な増収を見込む場合は、その根拠を説明する必要があります。
人件費・材料費・経費の見込み
通常の経費(人件費、材料費など)は移転前とほぼ同様の金額を記載します。
移転に伴い変動する経費(家賃、水道光熱費など)については、移転先の条件に基づいて適切に見積もります。
収支バランス
収入予算書と支出予算書の合計額は必ず一致させます。
また、各施設(移転前診療所、移転後診療所)ごとの収入と支出も一致させる必要があります。
移転資金計画の立て方
移転資金計画は、事業計画と予算書を作成する上で最も重要な要素です。
適切な移転資金計画を立てるための考え方を解説します。
必要資金の見積もり
移転に必要な資金は、主に以下の項目から構成されます。
- 内装工事費:診療所のレイアウト変更、内装工事、電気設備工事、給排水工事など
- 医療機器購入費:新規購入する医療機器、既存機器の移設費用など
- 保証金・敷金:賃貸借契約に基づく保証金・敷金
- 運転資金:移転直後の診療収入が安定するまでの運転資金(通常2か月分程度)
これらの項目について、具体的な見積もりを取り、必要資金の総額を算出します。
資金調達方法の検討
必要資金の調達方法としては、主に以下の2つがあります。
- 内部留保金の活用:医療法人の内部留保(現預金)を活用
- 借入金:金融機関からの借入
内部留保金を活用する場合は、医療法人の財産目録や勘定科目内訳書で現預金残高を確認し、移転資金に充てられる金額を算出します。
借入を行う場合は、借入条件(金額、期間、金利など)を明確にし、返済計画を立てます。
移転資金計画の記載例
以下は、移転資金計画の記載例です。
【資金調達方法】
内部留保金:20,000,000円
借入金(○○銀行):10,000,000円
合計:30,000,000円
【資金使途】
内装工事費:15,000,000円
医療機器購入費:8,000,000円
保証金:5,000,000円
運転資金:2,000,000円
合計:30,000,000円
資金調達方法と使途の合計額は必ず一致させます。
都道府県等との事前相談
事業計画と予算書を作成する前に、都道府県等の担当部署と事前相談も可能です。
事業計画と予算書作成のためのチェックリスト
事業計画と予算書を作成する際のチェックリストを以下に示します。
事業計画のチェックリスト
- 計画期間は移転年度とその翌年度の2年分を記載しているか
- 移転元・移転先の所在地は定款の記載と完全に一致しているか
- 移転の目的・理由は具体的に記載されているか
- 移転資金計画は社員総会議事録の内容と整合しているか
- 資金調達方法と使途の合計額は一致しているか
- 移転後の診療体制は具体的に記載されているか
- 収支見通しは現実的な数字になっているか
予算書のチェックリスト
- 都道府県等の指定様式を使用しているか
- 初年度と次年度の2年分の予算を作成しているか
- 前年度繰越金は期首の現預金残高と一致しているか
- 移転に伴う特別な支出(施設整備費、医療機器購入費、保証金など)は適切に記載されているか
- 借入を行う場合、収入予算書に借入金、支出予算書に借入金返済が記載されているか
- 収入予算書と支出予算書の合計額は一致しているか
- 各施設ごとの収入と支出は一致しているか
- 事業計画の内容と整合性が取れているか
まとめ
診療所移転に伴う定款変更認可申請において、事業計画と変更予算・予算書は移転計画の具体性や財政的な裏付けを示す重要な書類です。
これらの書類を適切に作成することで、定款変更認可申請の審査をスムーズに進めることができます。
特に重要なポイントは以下の通りです。
- 事業計画の具体性
– 移転の目的・理由を具体的に記載する
– 移転資金計画を明確に示す
– 移転後の診療体制や収支見通しを現実的に記載する - 予算書の整合性
– 事業計画や社員総会議事録との整合性を確保する
– 収入と支出のバランスを取る
– 移転に伴う特別な支出を適切に計上する - 移転資金計画の現実性
– 必要資金を適切に見積もる
– 現実的な資金調達方法を検討する
– 資金調達方法と使途の合計額を一致させる
これらのポイントを押さえ、丁寧に書類を作成することで、定款変更認可申請をスムーズに進めることができます。
都道府県等によって要求される様式や内容が異なる場合がありますので、必ず事前に確認することをお勧めします。
移転という大きな節目を無事に乗り切り、新しい環境での診療がスムーズに始められるよう、計画的に準備を進めましょう。
