診療所移転の定款変更の5W1Hと流れ

医療法人が診療所を移転する際には、必ず定款変更の手続きが必要となります。
本記事では、定款変更の5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように)と具体的な流れについて解説します。
移転を計画されている医療法人の皆様に、スムーズな手続きのためのポイントをご紹介します。
定款変更の5W1H
いつ(When)
申請時期
定款変更認可申請は随時申請可能です。
本申請の期限等も特に設けられていません。
早く申請すればその分早く認可が下り、余裕をもって保健所や厚生局の手続きが進められ、予定どおりに移転ができます。
「少しでも早く申請する」ことが重要です。
例えば、10月1日に移転を予定している場合、逆算して進めると次のようなスケジュールになります。
- 4月中:書類準備開始
- 5月中:都道府県等に素案提出
- 7月:定款変更の内容がほぼ固まる
- 8月:定款変更認可が下り次第、登記→保健所での手続き
- 9月:実地検査→診療所開設許可取得
- 10月1日:移転
- 10月1日以降:保健所・厚生局での手続き
素案提出(仮申請)から最終的に認可が下りるまでには、通常3ヶ月程度かかります。
この期間を考慮して、移転予定日から逆算して早めに準備を始めることが必要です。
どこで(Where)
申請先
申請先は、原則として、主たる事務所の所在地の都道府県等です。
ただし、既存診療所や移転先の診療所の所在地によっては、そうでない場合もあります。
都道府県等によって取扱いが異なりますので、まず最初に都道府県庁等に申請先を確認してください。
申請先の確認ポイント
- 主たる事務所の所在地を管轄する都道府県か
- 診療所の所在地を管轄する都道府県か
- 自治体によって取扱いが異なる場合がある
- 事前に電話等で確認することが重要
例えば、東京都所管の医療法人であれば東京都に定款変更認可申請を行います。
この際、過去に提出済の内容と今回の申請内容に整合性が取れている必要があります。
誰が(Who)
申請者
申請者は、医療法人です。理事長が医療法人を代表して申請します。
定款変更は社員総会の決議事項ですので、社員総会を開催し、移転に関する決議を得る必要があります。
社員総会は総社員の過半数の出席がなければ、その議事を開き決議することができません。
全員出席するのが望ましいです。
社員総会の留意点
- 総社員の過半数の出席が必要
- 臨時社員総会として開催するのが一般的
- 出席できない社員がいる場合は委任状を準備
- 議事録には出席社員全員と出席役員の署名押印が必要
何を(What)
変更内容
移転に伴う定款変更認可申請は、定款第2条の「主たる事務所の所在地」と定款の第4条の「本社団の開設する診療所の名称および開設場所」を変更するための手続きです。
特に、診療所の名称と開設場所の表記は注意が必要です。
なぜなら、定款変更認可申請した内容で認可がおり、そのまま登記され、保健所や厚生局の手続きでも同じ表記で進んでいくからです。
万が一、定款変更認可申請の際に「診療所の名称と開設場所の表記」を間違えると、クリニックが移転できない事態になりかねません。
所在地表記の注意点
- 住居表示か地番かを確認する
- 「丁目」「番」「号」の表記を正確に行う
- ハイフン表記は使わない(「1-2-3」ではなく「一丁目2番3号」)
- 漢数字と算用数字の使い分けに注意する
- ビル名や部屋番号まで正確に記載する
なぜ(Why)
変更理由
定款変更申請書には変更理由を記載する欄があります。
移転の場合の変更理由は、「①主たる事務所の移転、②診療所の廃止、および開設」と記載します。
②は、「診療所の移転」と記載しても構わない都道府県等もあります。
これは、都道府県などの指示に従ってください。
社員総会議事録には、より具体的な移転理由を記載します。
例えば以下のような理由があります。
- 診療所が手狭になったため
- 現在の建物が老朽化したため
- 立ち退きを求められたため
- より良い立地条件への移転のため
- 感染対策の強化のため
- 患者の利便性向上のため
また、移転計画の概要(資金計画など)も記載します。
どのように(How)
手続き方法
定款変更認可申請の流れは、都道府県によって多少異なりますが、まず、事前審査用に素案を提出します(東京都の場合は仮申請と言います)。
その段階では通常、印鑑は不要です。謄本もコピーで問題ありません。
事前審査が終わった後に、必要な書類に押印をもらったり、証明書の原本を準備するなどして、本申請をします。
それから認可が下りる流れになります。
一般的な申請の流れ
- 素案提出
- 事前審査
- 修正対応
- 本申請準備(押印手配・原本準備など)
- 本申請
- 認可取得
定款変更の具体的な流れ
1、社員総会の開催
定款で、「…次の事項を社員総会の議決を経なければならない。
(1)定款の変更…」と定められていますので、移転が決まり次第、臨時社員総会を開催し、移転の決議を取ってください。
社員総会の主な議案
- 診療所移転の件
– 移転理由の説明
– 移転先の概要説明
– 移転のメリット - 主たる事務所移転の件
– 新しい主たる事務所の所在地
– 移転時期 - 定款の一部変更の件
– 変更する条項(第2条、第4条)
– 新旧条文対照表の説明 - 新診療所の管理者選任の件
– 管理者の氏名
– 継続か交代か - 銀行融資申込に伴う借入金額の最高限度の承認の件(借入が必要な場合)
– 借入先金融機関
– 借入予定額
– 返済計画 - 事業計画及び予算の変更設定の件
– 移転に伴う収支計画
– 移転費用の見積もり
– 移転後の経営見通し
社員総会議事録には、出席社員及び出席役員の全員が記名押印する必要があります。
2、書類準備
次に、定款変更認可申請に必要な書類を準備します。
主な書類は以下の通りです。
医療法人関連の書類
- 申請書:医療法人の基本情報と変更内容を記載
- 新旧条文対照表:変更前後の条文を対比
- 新定款の案文:変更後の定款全文
- 社員総会議事録:定款変更を決議した議事録
- 事業計画:移転計画の概要
- 変更予算・予算書:移転に伴う収支計画
- 事業報告書等一式:直近の決算関係書類
- 登記事項証明書(医療法人):最新の法人情報
- 医療法人の概要:法人の基本情報のまとめ
移転先診療所関連の書類
- 新診療所等の概要:移転後の診療所情報
- 周辺の概略図:移転先の位置がわかる地図
- 平面図:各部屋の面積や用途が記載された図面
- 賃貸借契約書の写し:移転先の賃貸契約書
- 登記事項証明書(土地・建物):移転先建物の登記情報
管理者関連の書類
- 管理者就任承諾書:管理者の就任承諾
- 医師免許証の写し:管理者の免許証コピー
- 履歴書:管理者の経歴書
- 印鑑登録証明書:管理者の印鑑証明書(必要な場合)
その他の書類
- 借入関連書類:融資証明や金銭消費貸借契約書(借入がある場合)
- その他契約書:その他必要な契約書類
3、定款変更認可申請の素案提出
書類が整ったら、都道府県等に定款変更認可申請の素案を提出します。
この段階では、押印は基本的に不要で、証明書類もコピーで構いません。
素案提出の際の注意点
- 担当部署に事前連絡し、提出方法を確認する
- 必要部数(通常2部)を準備する
- 書類の順番を確認する
- 不足書類がないか確認する
- 提出時に今後のスケジュールを確認する
素案を提出すると、担当者による事前審査が始まります。
審査の中で修正指示があれば、それに従って書類を修正します。
何度か修正のやり取りを経て、最終的な内容が固まります。
4、本申請の準備
事前審査が完了すると、本申請の指示がありますので本申請の準備に入ります。
本申請の準備事項
- 社員総会議事録への押印:出席社員全員と出席役員の押印
- 管理者就任承諾書への押印:管理者の実印での押印
- 証明書類の原本準備:登記事項証明書、印鑑証明書など
- 最終版の書類印刷:承認された最終版を必要部数印刷
- 製本:クリップやホチキスでの綴じ方を確認
なお、押印の手配の際は、必要部数の倍の部数を準備しておくとよいでしょう。差し替えがあった際に便利です。
また、押印時には必ず捨て印ももらうようにしてください。
5、本申請
都道府県等の指示どおりに、本申請をします。提出部数や提出先に注意しましょう。
本申請の手順
- 必要に応じて申請日を予約する
- 申請書類一式を持参または郵送する
- 手数料が必要な場合は支払いを行う
- 控えに受付印をもらう
- 認可までの期間を確認する
本申請後、約2週間程度で認可が下ります。
担当者から連絡がありますので、認可書の受取りに出向きます。
遠方の場合は、本申請時に返信用封筒(レターパックプラス)を同封しておけば、郵送で受領することも可能です。
6、登記申請
定款変更の認可がおり次第、法務局に目的変更登記申請をします。
定款変更事前審査が完了する頃には、定款変更の本申請の準備を進めるのと同時並行で、司法書士の手配もしておくとよいでしょう。
登記申請の準備
- 司法書士への依頼:医療法人の登記に詳しい司法書士を選定
- 必要書類の確認:認可書原本、社員総会議事録、委任状など
- 費用の確認:登記申請の費用(司法書士報酬と登録免許税)
認可書の原本を受領したら、登記が完了するまで、司法書士に一旦預けます。登記申請の際、必要となるためです。
通常登記申請から登記完了まで、1~2週間かかります。
司法書士に依頼しない場合は、お近くの法務局に問合せの上で準備をします。
登記関連の保健所への確認事項
- 認可書の原本提示の要否
- 法人謄本の提出タイミング
- 「受付のお知らせ」での対応可否
登記完了までの日数は、主たる事務所の移転が伴うため、予想以上に日数がかかる場合もあります。
余裕をもって移転の準備を進めましょう。
7、保健所手続き
定款変更認可がおり次第、司法書士が登記申請をを行い、その後に移転先診療所の所在地を管轄する保健所で手続きを行います。
保健所での主な手続き
- 診療所開設許可申請
– 診療所の構造設備に関する情報を記載
– 図面や賃貸借契約書等を添付
– 手数料(通常2万円程度)を支払い - 実地検査
– 管理者の立会い
– 図面との一致確認
– 必要書類の原本提示
– 院内掲示の確認 - 診療所廃止届(9月30日廃止)
– 移転前診療所の廃止を届出
– 廃止日は移転日の前日(通常月末) - 診療所開設届(10月1日開設)
– 移転後診療所の開設を届出
– 開設日は移転日(通常月初)
– 管理者や診療科目、診療日時等を記載
また、エックス線装置がある場合は、エックス線装置の廃止届と設置届も必要です。
10月1日移転であれば、廃止の日は9月30日、開設日は10月1日として、書類を作成します。
月の途中で移転としてしまうと、月の前半と後半で、医療機関コードが変わってしまうと非常に煩雑になります。
必ず、末日廃止、1日開設という様に1日付で移転するようにしてください。
8、厚生局手続き
保健所での手続きが完了したら、管轄の厚生局事務所で次の手続きを行います。
厚生局での主な手続き
- 保険医療機関廃止届(9月30日廃止)
– 移転前診療所の廃止を届出
– 保険医療機関指定通知書の原本を返納 - 保険医療機関指定申請(10月1日遡及指定)
– 移転後診療所の指定を申請
– 遡及申請欄に「医療機関等が至近の距離(原則として2km以内)に移転」と記載
– 指定希望日に移転日(10月1日)を記載 - 施設基準の届出
– 移転前に取得していた施設基準について届出
– 基本診療料と特掲診療料の両方について必要
続いて、10月10日頃までに、保健所の手続き書類一式の副本の写し等を添付し、各厚生局事務所にて、旧診療所の保険医療機関廃止届(9月30日廃止)と新診療所の保険医療機関指定申請(10月1日遡及指定)の手続きを行います。
毎月の締切日は各厚生局によって異なるので、必ず確認してください。
今回の例では、10月10日頃までに指定申請を行い、10月1日から保険医療機関として遡及指定されます。
9、施設基準等の届出
移転前に取得していた施設基準については、保険医療機関指定申請と同時に届出を行うことで、移転前と同様に算定することができます。
主な施設基準の例
- 情報通信機器を用いた診療に係る基準
- 在宅療養支援診療所
- 認知症サポート医
- 各種加算(地域包括診療加算など)
- クラウン・ブリッジ維持管理料(歯科)
ただし、移転先が2kmを超える場合は、施設基準の実績を引き継ぐことができませんので注意が必要です。
10、その他の手続き
必要に応じて、以下の手続きも必要になります。
- 麻薬・薬剤関連:
– 麻薬免許の廃止と新規申請
– 向精神薬の届出
– 毒薬劇薬の届出 - 指定医療機関関連:
– 難病指定医療機関の変更
– 障害者総合支援法の指定医療機関の変更 - 介護・労務関連:
– 介護保険のみなし指定の手続き
– 労働基準監督署への届出
– 年金事務所への届出
– 税務所への届出 - 各種契約関連:
– 銀行口座の届出住所変更
– 保険契約の住所変更
– 医師会・歯科医師会への変更届
– 各種サービス契約の変更
定款変更のための準備チェックリスト
定款変更の手続きを円滑に進めるためのチェックリストを以下に記載します。
移転決定時(約6ヶ月前)
- 移転先の選定(2km以内かの確認)
- 移転先の住居表示の確認
- 医療法人関連書類の準備
- 現行定款
- 医療法人の謄本
- 設立時の認可書
- 役員変更届の控え
- 事業報告の控え
- 社員総会の開催と議事録の作成
- 定款変更認可申請の素案提出の準備
定款変更認可申請時(約5ヶ月前)
- 定款変更認可申請の素案提出
- 事前審査への対応
- 所在地表記の修正
- 予算書の数字の調整
- 社員総会議事録の修正
- 本申請のための押印書類の準備
- 社員総会議事録への押印
- 管理者就任承諾書への押印
- 印鑑証明書の取得
- 定款変更認可申請書の本申請
認可取得時(約2ヶ月前)
- 登記申請手続き
- 司法書士への依頼
- 認可書原本の引渡し
- 登記申請の進捗確認
- 診療所開設許可申請の準備
- 図面の準備
- 賃貸借契約書の写しの準備
- 管理者関連書類の準備
- 患者への周知開始
- お知らせポスターの掲示
- 案内カードの配布
- ホームページでの告知
- 各種業者への連絡
- 医療機器メーカー
- レセコン会社
- 検査センター
- 薬品卸業者
内装工事期間(約1.5~1ヶ月前)
- 定期的な工事進捗の確認
- 図面との相違がないか確認
- 各室の用途表示の準備
- 指針・手順書等の準備
- 医療安全管理指針
- 院内感染対策指針
- 医薬品安全管理指針
- 医療機器安全管理指針
実地検査(約2週間前)
- 管理者の立会いの日程調整
- 原本提示の準備
- 医師免許証
- 臨床研修修了登録証
- 賃貸借契約書
- 院内掲示物の準備
- 管理者氏名
- 診療日時
- 診療に従事する医師名
- 消火設備や医薬品保管場所の確認
診療所開設許可取得後(約1週間前)
- 引越し準備の最終確認
- 電子カルテ・レセコンのデータバックアップ
- 物品の最終発注と在庫調整
- スタッフへの最終説明会
- 移転の流れの説明
- 役割分担の確認
- 緊急時の連絡体制の確認
移転日
- 機器の移設と設置
- システムの動作確認
- 内部環境の整備
- 緊急連絡先の掲示
移転後(1~2日後)
- 診療所廃止届と開設届の提出(保健所)
- 診療環境の最終チェック
- 患者対応の確認
- トラブル報告・対応体制の確認
移転後(1週間以内)
- 保険医療機関廃止届と指定申請書の提出(厚生局)
- 施設基準の届出
- 労働基準監督署・年金事務所・税務署への届出
- 各種契約先への通知
まとめ
診療所移転に伴う定款変更は、時間と手間のかかるプロセスですが、5W1Hを押さえて計画的に準備を進めることで、問題なく完了させることができます。
特に重要なポイントは以下の通りです。
- 早めの準備
認可から移転までに3ヶ月以上かかるため、計画的に準備する - 所在地表記の正確性
住居表示か地番かを確認し、自治体のルールに従った表記にする - 移転距離の確認
移転先は2km以内を選定する(2kmを超えると保険診療や施設基準に影響する) - 社員総会の開催
必要な議案について決議し、議事録を作成する - 事前相談
不明点があれば都道府県等や保健所に早めに相談する
これらのポイントを押さえて、計画的に定款変更の手続きを進めていただければ幸いです。
移転という大きな節目を無事に乗り切り、新しい環境での診療がスムーズに始められるよう、余裕をもって準備を進めましょう。
